鑑賞
教科書(p.89ー)
VTS:Visual Thinking Strategiesによる鑑賞
▶︎VTSとは
アメリカ発の美術鑑賞教育法“VTS”は、観察力・批判的思考力・コミュニケーション力を育成する教育カリキュラム
アメリカ発の美術鑑賞教育法“VTS”は、観察力・批判的思考力・コミュニケーション力を育成する教育カリキュラム
1980年代にMoMA(ニューヨーク近代美術館)の教育部部長のフィリップ・ヤノウィン氏と認知心理学者アビゲイル・ハウゼン氏が共にVTS(Visual Thinking Strategy)というあたらしい鑑賞教育を開発しました。これはアート鑑賞を通して、「観察力」「批判的思考力」「コミュニケーション力」を育成する教育カリキュラムです。
鑑賞者はアート作品を見て、考え、意味を見出すプロセスを経験します。そして鑑賞者同士が互いの感想を語り合う対話形式をとります。これによって、物事を体系的に考える力やコミュニケーション能力、推察力、問題解決力が磨かれるのです。言語能力も向上させつつ、相手を尊重し民主的問題解決能力を伸ばす効果も期待できるとのこと。
▶︎VTSの目的
「批判的思考力」の汎用性
批判的思考は、その「批判」という言葉が持つ意味の一つ「ものごとのよしあしを考えて、評価・判断すること。とくに、否定的な評価・判断をすること。」(ベネッセ新修国語辞典)から、相手を攻撃するものというネガティブなイメージでとらえられる事が多々あります。
しかし本来はそうではありません。批判的思考を長年研究されている京都大学大学院教育学研究科の楠見孝先生は、さまざまな研究者による批判的思考の定義をレビューし、共通する3つの観点を取り出しています(楠見、2011)。それによると批判的思考とは、「論理的・合理的思考であり、規準(criteria)に従う思考」であり、「より良い思考をおこなうために、目標や文脈に応じて実行される目標志向的思考」であって、決して他者を攻撃するというようなネガティブな思考ではないのです。そしてもう1つの観点が、「批判的思考とは、自分の推論プロセスを意識的に吟味する内省的(reflective)・熟慮的思考である」というものです。このように、批判的思考力は良い思考をおこなうため、他者および自分に対して広く使われるものなのです。
他者および自分に使うということは、つまり、話を聞く・文章を読むといった情報のインプットに加え、自分の考えをまとめる・話す・書くなど情報のアウトプットにおいても働く能力だということです。そしてそれは日常生活・学習・仕事など、あらゆる場面で働きます。このように、批判的思考はそれを働かせる「場面」の汎用性もあります。
ただし、批判的思考力を働かせる必要のない状況もあります。例えば、友人とどんな食べ物が好きか嫌いかを話しているときは批判的思考を「オフ」にしてもよいでしょう。批判的思考が「オン」になる例としては、何らかの課題の解決に取り組む状況が挙げられます。
以下では課題解決を例に、批判的思考の中身として「3つのプロセス」を紹介します。
批判的思考のプロセス批判的思考は、「明確化」「推論の土台の検討」「推論」「行動決定」というプロセスに分けることができます。「明確化」「推論の土台の検討」「推論」のプロセスを繰り返して行うことで、よりよい「行動決定(意思決定)」へと導かれていくというものです。ここでは「明確化」「推論の土台の検討」「推論」の3プロセスについて説明します。
1.明確化
明確化は、今取り組んでいる「課題」、それに対する自分もしくは他者の「主張」・「根拠」について正確に把握しようとするプロセスです。考察や議論を繰り返す中で、当初の課題を見失った経験はないでしょうか?小さな主張が大きな主張の根拠になるなど、構造が複雑になって主張が見えにくくなることもあります。 このような課題解決に関連する重要な要素を明らかにすることが、明確化です。これが批判的思考の第一歩となります。
2.推論の土台の検討
推論の土台の検討では、「根拠」に焦点があてられます。根拠は、あれば良いというものではありません。このプロセスでは、明確化で明らかにした根拠が、根拠としてどの程度確かなものなのかについて、さまざまな観点から確認します。
確かさの判断基準としては、例えば、根拠が「意見か事実か」「意見だとしたらその発信者(情報源)はどのような人か」という観点があります。また、調査結果など科学的エビデンスが根拠になっている場合は、調査対象・サンプル数・調査方法などが適切かを検討し、その結果が確かなものかどうかを確認します。
このようにして得られた確かな根拠は、よりしっかりと主張を支えます。
3.推論
推論では、課題と主張と根拠のつながり、および根拠の導き方に着目します。根拠は主張に、主張は課題にきちんと対応したロジカルなものかどうかについて考え、飛躍・誤りがあればそれはなぜかを検討します。帰納的・演繹的思考を含むプロセスです。
例えば、偏見のような強い信念バイアスはそれを持つ本人も気がつかないうちに働き、自分の都合のいいように事実を解釈したり、論理が飛躍したりするという事が起きます。それが課題・主張・根拠の不整合につながります。各要素のつながりは適切か、不整合の場合それはなぜか、を検討することも推論です。これら3つのプロセスは常に循環して行われるもので、一度やればそれで完了というものではありません。これらの視点で繰り返し自分自身を振り返ることで、よりよい意思決定が導かれます。そのためには自分自身を含む状況を客観的に捉えることが欠かせないのですが、そこで重要な働きをするのが「メタ認知」です。
このように説明してきましたが、批判的思考力は特別なことではありません。何かに取り組んでいる時、「おや?」と感じたことはないでしょうか。その時すでに、批判的思考の小さな芽がでています。「おや?」と感じた原因を、この3つのプロセスを意識して考え直してみてください。それが自分の頭で考えるということであり、これからの社会を生き抜く私たちに求められている力です。
▶︎VTSの基本
VTS実践
▶︎「VTS」3つの行動プロセス
この教育法において能力向上を促す行動プロセスは次の3つです。
1. アート作品を見ること。
2. 年齢や発達段階に沿った問いかけに応えること。
3. 教師がファシリテーターとなり、グループディスカッションを行うこと。
(※ファシリテーターとは知識を教えるのではなく、中立の立場でグループ内コミュニケーションが活発に行われるよう調整する役割の人)
アートを効果的に鑑賞するための留意点
プロセス中、大事なのはやはり核となるアート鑑賞。効果的に鑑賞するための留意点を見てみましょう。
▶︎アート作品の選び方
対象となる作品はこどもたちの関心を引き付けるための大切な「仕掛け」ですので慎重に選ぶ必要があります。テーマはわかりやすくて親しみのあるものが適当です。それに加えて、考えさせるための謎めいた部分もある方がいいとされています。(例えば、家族がテーマの絵でお母さんだけが描かれていない絵)テーマも偏らないように注意が必要です。複雑なアートほど多くの情報が作品の中に潜んでいるので、興味を持って集中して鑑賞することは複雑な問題に取り組むことと同じ意味があります。その過程で色々な能力が引き出されていくのです。
▶︎作品鑑賞の注意点
・コツはシンプルな作品から始め、徐々に複雑な作品を見るようにすること。
・鑑賞時間はひとつの作品につき15~20分ほど。
・静かにじっくり見ること。
▶︎こどもたちの可能性が広がる「3つの問いかけ」
VTSでキモとなるのがアート鑑賞後の「3つの問いかけ」です。この質問からこどもたちの可能性がどんどん広がっていきます。
1. この作品の中で、どんな出来事が起きているでしょうか?
2. 作品のどこからそう思いましたか?
3. もっと発見はありますか?
(引用元:フィリップ・ヤノウィン・京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳(2015), 『学力をのばす美術鑑賞−ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』, 淡交社.)