りりらぼ

Noteのようなもの。教育、保育、遊び、学び、問い、哲学…それぞれが絡んでいる日々を綴ります。 Education, childcare, play, learning, questions, philosophy … Spell out the days that each is involved.

わからないものと向き合う

日本古来よりある文化は日本独自のもの。外来のもの。そしてどちらに属すのか諸説あるものがある。

 

例えば、近いところで言えば七夕はどうだろう。

 

 

園では、願い事を書いた短冊を笹の葉につける。

天の川を隔てて会うことができなくなった織姫と彦星が、1年に1度だけ会うことができるというロマンチックな星物語が有名な日。

 

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…そんなところだろうか。

 

この行事ひとつとっても"なんとなく"となり、ある種 渋谷のハロウィンのようなお祭りになってしまうことがある。

 

山形県鶴岡にあるやまのこ保育園では、節分を題にこんなプロジェクトが進んでいたよう。

 

やまのこ保育園

節分プロジェクト

https://www.facebook.com/notes/%E3%82%84%E3%81%BE%E3%81%AE%E3%81%93%E4%BF%9D%E8%82%B2%E5%9C%92/%E7%AF%80%E5%88%86%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88-%E8%B5%A4%E3%81%84%E9%A1%94%E3%81%AE%E3%81%8A%E5%AE%A2%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AF%E3%81%A9%E3%81%86%E8%BF%8E%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A9%E3%81%93%E3%81%AB%E8%A1%8C%E3%81%A3%E3%81%9F%E3%81%8B/1375324775942324/

 

そもそも節分ってなんだろう?
節分の日、やまのこには赤い顔のお客さんがやってきました。この日がどのように迎えられ、そして子どもたちがどんな受け止め方をしたのか。問いから始まり、徐々に形がつくられていったそのプロセスはアトリエワークそのもののように感じられました。
問1: どんな節分にする?鬼とは何か?
節分の1ヶ月ほど前から、職員間では節分をどう迎えるかが話し合われていました。1-2歳児だけだった昨年は、小さな人たちを怖がらせる必要はなかろうと、鬼のいない節分を迎えたやまのこ。しかし今年は3-5歳児もいる。今回はどんな節分にしようか。
今年は鬼を迎えよう。でも鬼って何だ?鬼は怖い(もしくは悪い)ものか?いや全ての鬼が怖いわけじゃない。怖い/悪い鬼をやっつけろ!豆をぶつけて追い払え!というストーリーは本当か?追い払うならボールを投げるように鬼に向かって豆を投げるが、豆”撒き”と言うからにはパァーっと下から上へ豆を撒くのでは?鬼は異界からやってくる者なのでは?使者として異界の存在を私たちに知らせるものなのかも?
鬼を迎えようとなった途端、様々な問いが生まれてきました。職員合宿や会議でも意見が交わされ、問いが熟成していきます。
節分は「季節を分ける」と書きます。三寒四温という言葉に現されるように、緊張と弛緩の繰り返しによって季節は変化します。そして、季節の変わり目は、そのまま身体の変わり目でもあり、この変化に体調を崩して亡くなる人もいたことから、ある種の「緊張」を人々は求めたのではないか。それらが現在の「節分の鬼」へと発展していったのではないか。つまり、「緊張」を生み出す「異界=よくわからないもの」が鬼の正体であり、怖いものである必要はない。
最終的に、私たちが大切にしたいのは、節分を通して異界の存在を感じること。鬼である必要も、怖がらせるためのものでもなく、「異界からやって来た何かわからないもの」と出会うことだ、と導き出されていきました。
問2: 何かわからないものをどうやって表出させるか?
次なる問いは、異界からやってくる「何かわからないもの」をどう表出させるか。
写真家シャルル・フレジェのYOKAI(妖怪)シリーズの写真や、沖縄のニライカナイ民俗学者折口信夫が唱えたマレビトなども参照され、日本には古来から異界の存在と共存する文化があることを思い出しながら、職員それぞれの異界の想いがイメージから形に変換されていきました。
何かわからないものをつくって置いておくのはどうか。急に現れると驚いてパニックになる人もいるので、迎え入れるスタイルがよい。誰かが舞うのはどうか?日に日に、異界を表象する品々が職員から持ち寄られました。澄んだ音の鳴る鈴、山から採ってきた木の枝、韓国で見つけたお面、浜辺で見つけた浮き玉、異界を感じさせる動き(踊り)…など。イメージを共有しながらアイデアを差し出す共同制作でした。
そして迎えた当日
2月3日。雨あがりで、ほどよい風が吹いていました。子どもたちが「パラッ、パラッ〜、鬼は外 福は内〜」と豆撒きを始めると、それに誘われるかのように、かすかな鈴の音と笙のような音と共に赤い顔をした“なにものか”が庭からやってきました。庭で舞う光景を窓越しに見つける子どもたち。”なにものか”は、その後各クラスに入って再び舞い、しばらくするとふわーっと外へ去って行きました。



やまのこ保育園 homeのふき(0歳児)・わらび(1.2歳児)、やまのこ保育園のうるい(0歳児)・こごみ(1.2歳児)クラスでは、泣きじゃくる子も、「おかあさんー」と求める子も、ぎょっとした顔で静止して目だけ向ける子もいました。”なにものか”が部屋に入ってきた瞬間、異界な存在が自分たちのエリアに入ってきたと感じたのでしょうか、「わ、入って来た...!」と多くの子どもはズズズと寄り合いくっつきあっていましたが、きょとんとした顔でトコトコ近づき、近距離で見つめあうかのように迎え入れた姿も見られ、異質なわからないものへ、怖さではなく好奇心でもって近寄り、新たな出会いを十分に経験しているようでした。
あけび組(3-5歳児)では、一目散にトイレに隠れ鍵をかけた子、ぼくはこわくないもんと言いながら近寄っていく子、保育者にしがみついて震えている子、半信半疑ながら興味深そうにじっと見つめる姿。「なんか音聞こえる」「片足だけ靴下履いてないね」「風に吹かれて嬉しそうだよ?」「あけびの部屋初めてだから探検しているのかな」「手と足があるから人なのか」節分=鬼=怖いものだと思っていた子は「何もこわいことしてこないね」と、多くの言葉が聞かれました。

 


さらに、”なにものか”が去った後、あけび組の子どもたちは興奮気味に、今のはなんだったんだ?と話し始めました。鬼?いやツノがなかった!サンタさん?天狗?いつの間にか「赤い顔をしたお客さん」と呼ばれ始めていました。また来てくれるかな?くねくね山に行ったら会えるかな?探しに行こう!とSくんの提案に、私もぼくもと、何人かが繰り出していきました。「さっき赤い顔したお客さんが来たんだけど、どこに行ったか探してるの。見なかった?どっちに行ったか知ってる?」やまのこ保育園homeまで行って訪ねるとあっちの方とSpiber社の方角を教えてもらった子どもたち。Spiber社に到着して、園児の父にも尋ねてみたけど「ここにはまだ来てないなあ」と。よくわからないものとの出会いの経験から、どこに行ったのか、また会えるのか、探しに行こう、と自ら確かめに向かう次なる動力が生まれ、突き動かされるように探求を始めた子どもたちの姿がありました。
わからないものと向き合うこと
職員が問いを熟成させ、探りながら形を生み、そこから子どもたちの更なる探求が始まった。この節分の一連の出来事は、やまのこ全体が、問いを契機にうごめきながら、私たちなりの保育を作りだしていったプロセスだと思われます。
「名前もなく、だれも知らない、生まれたてのなにものかがただそこにいることの静かなざわめきを増幅させる」齋藤陽道展「なにものか」(2015年/3331Arts Chiyoda/展覧会テキストより)
写真家齋藤陽道の言葉のように、教育の場で、私たち大人もわからないものと向き合い、子どもと共に、誰も知らない、生まれたてのものを捉えていく感度を高め、探求の渦を増幅させていった、そんな節分プロジェクトでした。
(text:Tomoko Nagao)

 

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さて、七夕。

 

どうやって考えようか。

七夕にはじまり、行事をどう捉えるか。

 

 

七夕の由来

五節句の1つに数えられる七夕は、日本古来の年中行事である「棚機(たなばた)」と、中国から伝わった「乞巧奠(きこうでん)」が由来していると考えられています。

古代日本の禊の行事・棚機
棚機(たなばた)は古代日本における禊(みそぎ)の行事、つまり穢れ(けがれ)を清める行事です。毎年稲の開花時期に合わせて、主に農村部で盛んに行われていたと言われています。棚機行事では、まず村の乙女が水辺の小屋にこもり、着物を織って棚に供えます。神様を迎えて豊作を祈り、村の人々の穢れを清めるのです。着物を織る際に使用されたものが、棚機という機織り機でした。やがて日本に仏教が伝えられ、棚機はお盆を迎える準備のための行事として旧暦7月に行われるようになりました。

機織りや裁縫の上達を祈る中国の行事・乞巧奠
乞巧奠(きこうでん)は、織姫にあやかり機織りや裁縫の上達を祈る中国の行事です。7月7日に庭先の祭壇に針や五色の糸を供え、星に祈りを捧げます。後の世には、機織りや手芸だけではなく芸事や書道といった手習い事の上達を願う行事となりました。

棚機と乞巧奠が融合し、七夕へ
乞巧奠が奈良時代に日本に伝わると、日本にあった棚機と融合し、七夕(しちせき)と呼ばれる宮中行事になりました。七夕(しちせき)は、織姫と彦星の逢瀬と詩歌・裁縫の上達を願って星に祈りを捧げ、五色の糸や金銀の針、山海の幸を供える行事です。供物の祭壇の左右には笹が立てられ、五色の糸がかけられたと言われています。また、梶の葉に和歌をしたため祀りました。この五色の糸と梶の葉が、笹飾りの始まりと伝えられています。室町時代になると、宮中行事である七夕、そして織姫と彦星の物語が民間に伝わりました。そして、農村で古来より広く行われていた棚機にちなみ、七夕(たなばた)と読むようになったと言われています。

七夕飾りの意味

七夕飾りに込められた願いは、それぞれの形により異なります。飾り1つ1つの意味や願いを知ると、より七夕を楽しく過ごせるかもしれません。

折鶴(千羽鶴
長寿を表す鶴を折り紙で折り、長生きできるように願います。

吹き流し
吹き流しは、織姫に供えた織り糸を表しています。紙風船やくす玉に五色のテープを貼り付けたものです。折り紙を輪にし、等間隔に切れ込みを入れて作る場合もあります。織姫にちなみ、裁縫が上達するように願います。

網飾り
網飾りは魚を捕る漁網(ぎょもう)を表し、大漁を願います。

財布(巾着)
折り紙を財布や巾着の形に折って飾ります。また、本物の財布を下げることもあります。金運の上昇を願います。

神衣・紙衣(かみこ)
神衣・紙衣(かみこ)は、紙で作った人形、もしくは着物を飾ったものです。裁縫が上達し、着るものに困らないように願います。人形に災いや穢れの身代わりになってもらう意味もあります。

くずかご
七夕飾りを作るときに出た紙くずを、折り紙で折ったかごに入れてつるします。整理整頓や倹約の心を育む意味があります。

短冊
五色の短冊に願い事を書いて飾ります。七夕はもともと機織りや裁縫の上達を願う行事のため、物が欲しいという願い事ではなく手習い事の上達を願う方が良いとされています。

五色の短冊の意味

初めは五色の糸を飾っていたことから、江戸時代に転じて五色の短冊が使われるようになりました。五色は、「青・赤・黄・ 白・黒(紫)」のことを指し、古代中国の陰陽五行説に基づいた色です。陰陽五行説とは、すべてのものは「陰・陽」の相反する2つの側面を持ち、「木・火・土・金・水」の5つの要素を根源とする説です。「木は青・火は赤・ 土は黄・金は白・水は黒(紫)」を表しています。この五色を短冊や吹き流しに使用することにより、魔除けの意味を持たせたと言われています。江戸時代の短冊には、主に文芸の上達に関する願い事が書かれました。また、願い事の他に「天の川」など七夕にちなんだ言葉や絵を書くこともありました。